この事例の依頼主
年齢・性別 非公開
関東所在の病院の増改築の設計監理業務の委託を受けて,設計を開始。事務長を中心とする病院側スタッフと協議を重ね,自治体との調整を経て自治体に建築許可申請を提出し,確認申請に向けての作業に入ったいわば設計の最終段階で,病院側が許可申請を取り下げて申請書を取り戻してしまいました。そしてその直後にゼネコンの設計により病院の増改築を行いました。病院側は,設計事務所との設計委託契約を否定し,仮に契約があったとしても設計業務が行われていない,設計図書が存在したとしても病院側との打ち合わせに基づいておらず設計事務所が勝手に作ったものだと主張しました。設計事務所側としても,せめて実施設計を開始する時点では契約書を作成すべきでしたが,病院側が,院長(理事長)多忙を理由に渡した契約書をなかなか返してくれなかった結果,契約書が交わされていない状況でした。
裁判するほかない状況で,病院側も訴訟を起こす姿勢でしたから,まず,こちらの地元である福岡地方裁判所で訴訟を行うために,先手を打って訴訟提起する方針になりました。病院側は,設計事務所が設計業務を行っていたこと自体否認するので,耐震診断やボーリング調査,近隣住民説明会を行ったこと,その際病院側関係者が立ち会っていた事実などの証拠集めから始めました。肝心の設計図書は,CADで上書きを繰り返していくので,作業の過程がデータとして残っていません。このため,データからは,どのように打ち合わせが行われどのように図面が修正されていったかを証明できません。こちらは実施設計に入った後の2度の設計変更を主張していましたが,この点の立証が困難でした。レイアウトの異なるプリントされた図面が何種類も残っていましたが,打ち合わせ段階での複数の候補だった可能性を否定することができませんでした。こちらの担当者がメモ帳に走り書きした打ち合わせ記録は山のようにありましたが,書いた本人だけが分かるような書面で,十分な証拠価値があるとはいえませんでした。病院の事務長はメールで連絡を取る習慣がなかったので,交渉の過程を反映することもできませんでした。そこで,行政各部との打ち合わせ記録を洗い直しましたが,役所は案件の途中で書面を出すことがほとんどありませんから,これもさしたる成果は上がりませんでした。やむを得ず,建築許可申請に使った設計図書と附属の書類を証拠の中核にするほかありませんでした。訴訟の場でも,病院側は,徹底的に全てを否認し続けましたが,裁判所は,何の契約もないのに設計事務所が勝手にボーリングをしたり近隣説明会を開催したとは考えにくいし,建築許可申請には病院の代表者の押印がある以上,許可申請を知らなかったとはいえないはずだし,知らなければ事務長が申請を取り下げに行けるはずがないではないか,契約がなかったという主張は受け入れがたいと発言しました。ただ,設計事務所は建築許可の取消の段階で業務を中止しており,委託業務のうちの何パーセントを完了したと評価するのかという問題では,裁判所は厳しい態度でした。設計業務の残りの部分と工事監理業務を行っていないので,減額されざるを得ません。より根本的には,一体全体,設計・監理契約の委託料がいくらだったのかという根本的な争点もありましたが,結局,国交省告示(第15号)に基づいて計算することになりました。こうしてようやく和解が成立しました。
この事件で最後までナゾだったのは,設計の最終段階に入ったのちに,病院側が契約の全てを否定して,業務の委託先を変更した理由でした。建築事務所サイドでは,医療法人の有力役員なり事務長なりがあとを継いだゼネコンから買収でもされたのではないかという程度の推測しかできませんでした。あるいは圧倒的に低額な費用額を提示されたのでしょうか。紛争の原因が分かれば解決の糸口も見つかったかも知れませんが,本件では全くの不意討ちで切り捨てられ,原因を調べることも想像することもできなかったため,裁判外では手の打ちようがありませんでした。